2026年10月6日加筆 泉南市中学生いじめ自死事件経緯1 泉南市(大阪府)いじめ防止基本方針の基となる大阪府のいじめ防止指針

2014年(平成26年)からの経緯

2014.3.7(平成26年)

泉南市議会平成26年第1回定例会(第3号)
会議録より一部引用
◯教育長(蔵野博司君) 
いじめ防止等の基本方針について御説明をさせていただきます。 昨年、いじめ防止対策推進法が6月に制定され、10月に国から具体化に向けたいじめ防止等のための基本方針が示されました。ここでは、まず一番重要なのは、学校において学校いじめ防止基本方針を策定するということと、いじめ防止対策の委員会といった校内組織設置の義務づけということが重要になってくることでございます。 現在は4月から学校で取り組めるように、学校のいじめ防止方針を定めるようなモデルを教育委員会としては示したところでございます。現在は学校のほうで、このいじめ防止の基本方針について検討をしているというところでございます。 

◯教育長(蔵野博司君) 
まず、1点目の学校の基本方針につきましては、4月から実施ができるように進捗状況を見守って、今月中にはつくって、4月には開始ができるようにチェックをしていきたいなというふうに思っております。 そして、市の取り組みについてでございますが、市としましても、泉南市いじめ基本方針を策定する予定でございます。

 


 教育長は平成26年3月中に「学校いじめ防止基本方針」をつくって、「泉南市いじめ(防止)基本方針」は策定予定と答弁している。泉南市教育委員会会議録では、平成29年2月の教育委員会会議にて教育委員に当該基本方針(案)について説明しており、「泉南市いじめ防止基本方針」は平成29年3月に策定されたものと思われる。

 しかし、令和4年12月改訂版の「泉南市いじめ防止基本方針」には「平成26年3月には、いじめ防止対策推進法に基づき定められた国の方針を受け、泉南市いじめ防止基本方針(以下、:「市いじめ防止基本方針」という。)を策定し」と書かれている。そこで、「平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針」を情報公開請求したところ、平成26年3月議会では作成する予定と述べていて、当時は存在しないはずの「平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針」が情報公開された。以下、いじめ防止基本方針について整理する。



いじめ防止基本方針

 いじめ防止基本方針とは、いじめの防止等のための対策を、総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針で、国(「いじめの防止等のための基本的な方針」 以下、国のいじめ防止基本方針という)、地方公共団体、学校がそれぞれのいじめ防止基本方針を策定することが法第11条〜13条で規定されている。それぞれにいじめ防止基本方針を策定するのは、責務規定(法第5条〜第9条)が異なることと、教育行政は地方自治体が主体となり、教育の中立性を確保し、公正な民意により、地方の実績に即して実施されなければならないためだと思われる。



 児童生徒に日常的に接している学校が、いじめの防止等の対策を推進する上で一番重要な役割を果たす。法第8条では、「いじめの防止及び早期発見に取り組む」のも、「当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する」のも、学校及び学校の教職員の責務と定められている。そのため、学校いじめ防止基本方針は必ず策定しなければならないが、地方いじめ防止基本方針の策定は法第12条で努力義務規定となっている。

 泉南市では、26年3月議会答弁や平成29年2月の教育委員会会議録を見ると、平成26年に学校いじめ防止基本方針を策定し、努力義務規定の泉南市いじめ防止基本方針は、平成26年3月当時は策定されていなかったはずであるが、前述したように情報公開請求により、平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針が公開された。


法に反している平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針


 公開された平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針の内容は、法が規定している「基本理念」「地方公共団体の責務」「学校及び学校の教職員の責務」「いじめの防止等のための対策の基本となる事項」とは異なる内容となっている。

 冒頭で述べたように、いじめの防止等のための対策を推進することで、児童生徒の尊厳を保持しようという法律が、いじめ防止対策推進法であり、この法律は、以下の4点を定めることにより、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的としている。

  • いじめの防止等のための対策に関し、基本理念を定める。
  • いじめの防止等のための対策に関し、国及び地方公共団体等の責務を明らかにする
  • いじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定める
  • いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定める

法で規定されている「基本理念」も、「責務」も、「基本的な方針」も、「基本となる事項」も、すべて「いじめの防止等のための対策」に関することである。

 しかし、泉南市教育委員会と大阪府教育庁(大阪府いじめ防止基本方針は泉南市のものと内容がほぼ同じ)は「いじめの防止等のための対策」に関する「基本理念」ではなく、「いじめ防止等のため」の「基本理念」とすることで、法の規定とは異なる基本理念を地方いじめ防止基本方針で定めている。「責務」も、「基本的な方針」も、「基本となる事項」も同様で、法が規定する「いじめの防止等のための対策」に関するものではない。

 以下に、平成26年版泉南市いじめ防止基本方針の8ページと9ページを示す。泉南市いじめ防止基本方針(大阪府いじめ防止基本方針も同様)には、「いじめの防止等」と「いじめ防止等」が混在している。



 泉南市いじめ防止基本方針の9ページでは、学校に「いじめ防止等の対策のための組織」と「いじめの防止等の対策のための組織」の二つの組織が存在することになっている。


 地方いじめ防止基本方針は、法第12条で、以下のとおり規定されている。

第十二条 地方公共団体は、いじめ防止基本方針(注:法第11条で規定された国のいじめ防止基本方針)を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体におけるいじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針(以下「地方いじめ防止基本方針」という。)を定めるよう努めるものとする。

 泉南市いじめ防止基本方針において、「いじめの防止等」「いじめの防止」と記載されている内容は、いじめ防止対策推進法で規定されたものだと思われるが、「いじめ防止等」「いじめ防止」「いじめの未然防止」と記載されている内容は、法第12条の「その地域の実情に応じ」た対策と考えることもできる。

 また、平成26年3月に策定されたとされる泉南市いじめ防止基本方針及び同基本方針の平成29年改訂版、平成31年改訂版の「はじめに」には以下の記述がある。

 泉南市では、これまでも、いじめは「重大な人権侵害事象であり、根絶すべき課題
(原文ママ)として未然防止に努めなければならない」「いじめられた児童生徒の立場になって(原文ママ)取組み(原文ママ 令和4年改訂版では「取り組み」)、速やかに解決する必要がある」という考えのもと、様々ないじめ防止対策等に取り組んできました。

そして、最新版の令和4年12月改訂の同基本方針にもほぼ同じ内容の記載がある。(青字は、令和4年12月改訂版で新たに付け加わった箇所。)

 泉南市では、これまでも、いじめは「重大な人権侵害事象であり、根絶すべき課題(原文ママ)として未然防止に努めなければならない」「いじめられた児童生徒の立場になって(原文ママ)取り組み(原文ママ 改訂前までは「取組み」)、速やかに解決する必要がある」という考えのもと、「いじめ防止指針」をはじめ、大阪府教育庁が作成した様々な資料を活用しながら、いじめ防止対策等に取り組んできました。



 その大阪府教育庁(大阪府教育委員会)の「いじめ防止指針」の冒頭にも以下の記載がある。(青字は泉南市いじめ防止基本方針の「はじめに」の記述にはないもの。つまり、指針では記述があったものがいじめ防止基本方針では除かれた箇所。)


 いじめは、「学校の内外を問わず、多数が少数に対して、一方的に、精神的・肉体的苦痛を伴う身体的・心理的な攻撃を継続的に加える重大な人権侵害事象」であり、根絶すべき課題(原文ママ)として未然防止に努めなければならない。また、不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み(原文ママ)、速やかに解決する必要がある。


 「泉南市いじめ防止基本方針」には法のいじめの定義が記載されていて、「いじめ防止指針」のいじめの定義は記載されていない。いじめ防止基本方針策定とともに変わったのはいじめの定義だけでなく、当該指針に「いじめられた児童生徒の立場に立って取組み」と記載されていたものが、いじめ防止基本方針では「いじめられた児童生徒の立場になって取組み」との記載に変わっている。教職員が児童生徒の立場になって取組み(指導などを行う)とは考えにくく、違和感がある。

 泉南市いじめ防止基本方針の「これまでも」がどこを起点としているのかはわからないが、同方針の平成29年、平成31年、令和4年の、いずれの改訂後も同様の記載があるので、泉南市では、いじめ防止基本方針策定後(平成26年以降)から現在に至るまで、以下の二つの考えのもと、様々ないじめ防止対策等に取り組んできたと考えられる。
注釈を赤字で加筆している。

  • いじめは「重大な人権侵害事象であり(法のいじめの定義とは別に人権侵害が付け足されている)、根絶すべき課題(原文ママ)として未然防止(根絶するために行わなければならない課題が未然防止)に努めなければならない」

  • いじめは(指針ではいじめ事象が生起した場合について述べていたものが、いじめ全体についての内容に変化している)「(誰かが)いじめられた児童生徒の立場になって(原文ママ)取組み(原文ママ 令和4年改訂版では「取り組み」)、速やかに解決する必要がある」


令和4年改訂の泉南市いじめ防止基本方針には、さらに「『いじめ防止指針』をはじめ、大阪府教育庁が作成した(注:当該指針の表紙には大阪府教育委員会と記載)様々な資料を活用しながら、いじめ防止対策等に取り組んできました」との記載があるので、泉南市いじめ防止基本方針に記載された対策のうち、「その地域の実情に応じた」対策とは、大阪府の「いじめ防止指針」と大阪府教育庁の資料に基づくものであると考えられる。そこで、まず大阪府のウェブサイトに掲載されている平成18年3月策定の「いじめ防止指針」について所見を述べる。

「泉南市いじめ防止基本方針」の基となる大阪府の「いじめ防止指針 」

大阪府のいじめ防止指針の内容


 大阪府のいじめ防止指針の冒頭を引用する。

 いじめは、「学校の内外を問わず、多数が少数に対して、一方的に、精神的・肉体的苦痛を伴う身体的・心理的な攻撃を継続的に加える重大な人権侵害事象」であり、根絶すべき課題(原文ママ)として未然防止に努めなければならない。また、不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み(原文ママ)、速やかに解決する必要がある。

「いじめは、『(中略)重大な人権侵害事象』であり、根絶すべき課題として未然防止に努めなければならない。」「不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み、速やかに解決する必要がある。」と述べている。この二つの記述を読むと、いじめが生起しないように未然防止を行い、未然防止の取組の甲斐なく不幸にしていじめ事象が生起した場合には、それを解決することで、いじめへの対策は事足りるような印象を受ける。しかし、当該指針はいじめを「人権侵害事象」であるとしながら、「いじめられた児童生徒」の侵害された権利を再び行使できるようにする(侵害される前の状態に戻す)ために「誰が」「何を」するのかが、全く述べられていない。何かに「取組む」、あるいは何らかの「取組み」を行う際には「いじめられた児童生徒の立場に立つ」と述べているだけで、いじめられた児童生徒がいかなる状態になることを「解決」としているのかが当該指針には明記されていない。

 さらに、当該指針には「解決」以外にも、「根絶」「解消」との状態に関する記述があるが、それぞれの違いもわからない。児童生徒の間にいじめが存在する現状(問題)を、なんらかの働きかけ(課題・取組)を児童生徒に対して行うことにより、いじめが存在しない状態(ゴール・目標とする到達点)にしなければならないが、その「いじめが存在しない状態」を当該指針は「根絶」「解消」「解決」と称する3つの状態を設定した構成となっている。
 以下に当該指針のp.1の画像を貼り付け、「根絶」「解消」「解決」と記された箇所を示す。




 大阪府いじめ防止指針は、いじめの問題に対するゴール・目標とする到達点を3つ設定している。また、「根絶すべき課題として未然防止に努めなければならない」の「課題」が、「目標とする到達点に向けての行動=これから行う行動」との意味なのか、「取り組まなければならない事柄=これまでで問題となっている事柄」との意味なのかも、よくわからない。
 そこで、まず国の考え方を整理してみる。国(法)におけるいじめの問題に対する「課題」(いじめが存在しないようにするための行動)は、いじめの発生と教職員のいじめの認知の状態によって、「いじめの防止」「いじめの早期発見」「いじめへの対処」に分けられている。以下、表にまとめたものを示す。




「課題」とは、教職員が、児童生徒の間にいじめが存在しない状態にするために行うこと(行動)である。いじめが発生していない状態においては「いじめの防止」の対策を行い、教職員の知らないところでいじめが発生していることも考慮し、「いじめの早期発見」の対策を行う。いじめの認知については、法第23条第2項で規定されている「いじめの事実の有無の確認のための措置(聞き取り等の調査)を法第22条が規定する組織において行い、いじめがあるのかないのかを確定「確認」する。いじめがある(発生している)ことが確認された場合は、「いじめへの対処」を行う。

 また、それぞれの課題(いじめの防止、早期発見、いじめへの対処)の具体的な対策(方法、手段)をいじめ防止基本方針に定めることが法で規定されている。(法第11条〜13条)いじめが発生している(いじめがあると確認されている)場合は、「いじめへの対処」(課題)のための対策を実施し、いじめが解消している状態にしなければならない。では、いじめが解消している状態とはどのような状態だろうか。
 文科省の「いじめの防止等のための基本的な方針」(最終改定 平成29年3月14日 以下国のいじめ防止基本方針という)では、いじめが「解消している」状態について、以下のとおり述べている。

 いじめは,単に謝罪をもって安易に解消とすることはできない。いじめが「解消している」状態とは,少なくとも次の2つの要件が満たされている必要がある。ただし,これらの要件が満たされている場合であっても,必要に応じ,他の事情も勘案して判断するものとする

① いじめに係る行為が止んでいること

② 被害児童生徒が心身の苦痛を感じていないこと
 

この2つの要件が満たされている状態とは、法第2条第1項で定義されている「いじめ」の該当要件が解消されている状態である。

 このように学校(教職員)が行ういじめへの対策とは、児童生徒が法第2条第1項で定義されたいじめの状態にならないようにすること(防止)や、児童生徒の状態が定義されたいじめの状態に該当すると判断した場合は、その状態を解消するなど、「いじめの定義」の内容が大きく関わっている。
 では大阪府の場合はどうだろうか。大阪府の当該指針の「いじめの定義」「目指す到達点」「課題」等を以下の表にまとめた。



法と大阪府のいじめ防止指針を比べると、大きく以下の3点が異なる。

1.人権侵害が起こらない学校や学級を目指して「課題」を設定している 

 法、あるいは文科省が、児童生徒の間にいじめが存在しない状態を目指しているのに対し、大阪府は、いじめ以外の差別や犯罪をも含む「人権侵害」が起こらない学校や学級(集団)を目指している。

 

2.いじめの定義に「被害」に関する該当要件がなく、法における「いじめへの対処」に該当するものがない
 

いじめの解消については、法に基づくならば、被害児童生徒が苦痛を感じている行為について、事実を確認(確定)した上でその行為を止めなければならないが、大阪府のいじめ防止指針では、いじめの定義が法とは異なり、被害児童生徒が苦痛を感じているのかよくわからない定義となっている。また、被害児童生徒に対する個々の行為がいじめに当たるか否かの判断(事実確認)や、確認された行為を止める(制止する)ことが定められていない。


 

3.法における「いじめへの対処」の代わりに、未然防止の取組みの中で、過去に生じた「事例」を元に、教職員の実際の対応方針が作成されている


 「未然防止」の「取組み」の中で、教職員がいじめ事象に対応した経験を「教訓化」すると述べているが、当該取組みは、いじめの防止に資するものでもなければ人権尊重の教育に資するものでもない。また、いじめの被害児童生徒が被っている人権侵害を解消するものでもない。


以上の法と大阪府のいじめ防止指針の違いは、先に述べた以下の答えとなっている。 

しかし、当該指針はいじめを「人権侵害事象」であるとしながら、「いじめられた児童生徒」の侵害された権利を再び行使できるようにする(侵害される前の状態に戻す)ために「誰が」「何を」するのかが、全く述べられていない。何かに「取組む」、あるいは何らかの「取組み」を行う際には「いじめられた児童生徒の立場に立つ」と述べているだけで、いじめられた児童生徒がいかなる状態になることを「解決」としているのかが当該指針には明記されていない。

 当該指針は「いじめの問題」に対して、児童生徒の間にいじめが存在しない状態を目指して課題を設定するのではなく、いじめが生じにくい学校や学級(人権尊重の精神や信頼関係に基づく集団)にすることを目指して「課題」を設定している。いじめが発生した状態(いじめの定義の該当要件を満たす状態)になった場合、その要件に当てはまらない状態(定義されたいじめが解消した状態)にするための「課題(行動)」については定めていない。

 そもそも、いじめの定義自体が法や文科省のこれまでの定義とは異なっており、攻撃によって苦痛を感じているなどの「被害」に該当する要件が存在しないため、いじめに係る行為によりいかなる被害があったのかを調べていじめの有無の事実の確認を行うことも、確認された行為を止めることも記されていない。

 つまり、「いじめられた児童生徒」の侵害された権利を再び行使できるようにする(侵害される前の状態に戻す)ために「誰が」「何を」するのかが、全く述べられていないのは、目指す状態(到達点)がいじめがない状態ではなく、学校や学級がいじめを防ぐ集団であることと、いじめの定義に攻撃によって苦痛を感じているなどの「被害」に該当する要件が入っていないためである。いじめを防ぐ集団づくりを行う際に「いじめられた児童生徒の立場に立つ」のであって、「解決」とは学校や学級がいじめを防ぐ集団になることである。

 当該指針の、「3. 事象の対応と教訓化」には、「被害者」「いじめられた児童生徒」「いじめに関わった児童生徒」との記載があり、一見するといじめの解消のために、いじめの当事者へ働きかけているように見えるが、先述した通り、いじめの定義の該当要件が示す状態を解消するためのものではない。ここに記載された「対応」とは、教訓化と称する「取組み」によって得られたものが記載されていると考えられる。詳細は後ほど述べる。

 また、「3. 事象の対応と教訓化」に記載された「被害者」と「いじめられた児童生徒」については、いじめの定義に「被害」についての要件が入っていないことから、「いじめられた児童生徒」と「被害者」は別の状態の者を指すと考えられる。これも詳細は後ほど述べる。

 どこまでわかりやすく説明できるか心許ないが、ここからは「いじめの定義」に関することを述べ、その後、2つの「教訓化」について述べる。


大阪府のいじめ防止指針のいじめの定義




 大阪府のいじめ防止指針におけるいじめの定義には、文科省のいじめの定義(昭和61年度以降)に必ず入っている要件「相手(注:被害児童生徒)が深刻な苦痛を感じているもの」が入っていない。また、「学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの」「個々の行為がいじめに当たるか否かの判断」などの「事実の確認」や「いじめに当たるか否かの判断」についての要件もない。(当該要件は法施行後、法第23条第2項で規定されている)そして、文科省の定義にはない要件「多数が少数に対して」が入っている。比較するために、文科省のウェブサイトから「いじめの定義の変遷」の画像を以下に貼り付ける。


 文科省の「いじめの定義の変遷」にあるように、いじめの定義には、被害児童生徒が「心身の苦痛を感じている」という要件(青色に着色箇所)と、「事実の確認」「いじめに当たるか否かの判断」(赤色着色箇所)が必ず入っている。

 児童生徒が他の児童生徒からの行為によって、心身の苦痛を感じている(被害が生じている)のであれば、その行為をそのままにはしておけない。しかし、当該行為を止めようとしても、教職員がその行為の存在自体を知らなければ止めようがない。そこで、聞き取りなどを行い被害児童生徒に対していかなる行為を苦痛に感じているのかを確かめ、加害児童生徒や周囲の児童生徒それぞれの話を聴いて、いじめに該当する行為が行われているのかどうかの「判断」を行い、事実を「確認(確定)」する必要がある。いじめの定義に教職員が「判断」や「確認」を行うことが入っているのはいじめに該当する行為を教職員が止めるためである。
 法は、「いじめ」の定義である第2条第1項に「判断」や「確認」についての要件は入れずに、法第23条第2項において「いじめの事実の有無の確認」のための措置について定めている。

 一方、大阪府のいじめ防止指針のいじめの定義には、被害についての要件も、いじめに当たるか否かの「判断」も事実の「確認(確定)」も、入っていない。以下は指針のいじめの定義の箇所。



「精神的・肉体的」は「苦痛」の修飾語
「身体的・心理的」は「攻撃」の修飾語

ややこしいので修飾語を除くと、
学校の内外を問わず、多数が少数に対して、一方的に、苦痛を伴う攻撃を継続的に加える重大な人権侵害事象である

つまり、「苦痛を伴う攻撃を加える」ことがいじめとなり、多数である攻撃を加えた側が苦痛を感じていると読み取れる。(いじめの定義としては、あり得ないことなので、私の読解力に問題があるのではないかと何度も考えたが、この表記だと誰が苦痛を感じているのかわからない)
 この定義では、多数が加える「攻撃」についての説明のみで、攻撃を加えられた側の「被害」についての説明は存在しない。当該指針のいじめの定義の要件には「被害者の苦痛」は入っていないが、当該指針は「被害者の苦痛」について述べている箇所がある。以下、当該ページを画像で示す。


 障害のある児童生徒に対するいじめ事象は、いじめられている児童生徒を被害者と呼称し、被害者が苦痛を感じていることがわかる表記となっている。大阪府のいじめ防止指針は、いじめを受けている児童生徒を障害の有無で二つに分け、障害のある児童生徒は苦痛を感じているとしている。
 当該指針がいじめを受けている児童生徒を障害の有無で二つに分けているのは、当該指針p.4の「3.事象の対応と教訓化」の②と③にも表れている。以下、当該箇所の記載ページを画像で示す。


 被害者(障害があるいじめられた児童生徒)のケアは組織として機動的対応を行い、それとは別に、いじめられた児童生徒(障害がないいじめられた児童生徒)のケアは、苦痛を感じている(被害が生じている)訳ではないので、「意向」の確認ではなく「願いや思い」に寄り添って受け止めるとしている。「『問題解決』のための具体的方針を打ち出すこと」とあるが、いじめの要件に「被害」がないので、この「問題解決」は、児童生徒同士のトラブル解決、あるいは喧嘩を解決という意味なのかもしれない。
 
 いじめの定義に関する事柄や、教訓化に関する事柄が入り組んでいて説明が難しく、話があっちへ行ったりこっちへ行ったりしてしまって申し訳ないが、当該指針のp.6の図(以下に示す)で説明すると、先に示した当該指針p.4の「3.事象の対応と教訓化」の②と③の「被害者のケア」と「いじめられた児童生徒のケア」は、教職員が行ったいじめへの対応を教訓化して得られた教訓である。(教訓化については後述する)

 本来、いじめの定義には文科省の定義のように、「行為を受けた児童生徒が当該行為により苦痛を感じていること」との被害に関する要件を入れて、要件すべてを満たす状態(いじめの状態)になったと教職員が判断した場合は、いじめを解消するために当該行為を止めて、児童生徒が苦痛を感じていない状態にしなければならない。これは児童生徒の障害の有無に関わらず、いかなる児童生徒がいじめられていても、行われなければならないいじめへの対処の基本となるはずである。障害がある児童生徒に対して、配慮が必要というのなら基本となる対処にそれを付け加えればよい。
 しかし、大阪府のいじめ防止指針はいじめの定義に被害に関する要件が入っていない。いじめの定義は、攻撃を加えた児童生徒側から見て、いかなる攻撃なのかを定義したものに過ぎない。いじめの定義に被害に関する要件が入っていないので、被害児童生徒の意向を確認することも、被った損害や危害をについて、それを回復するための措置も行われない。その上で(それを基本として)、過去の事象(事例)を教訓化することで得られた教訓において、障害のある児童生徒に対するいじめ事象が生起した場合は被害が生じているとして、被害者のケアは「組織としての機動的対応」が必要だと述べている。

 つまり、当該指針p.4の「3.事象の対応と教訓化」の②〜④で述べているのは、以下のとおりである。以下、当該箇所の記載ページを画像で示す。



 以上のように、大阪府のいじめ防止指針は、いじめられた児童生徒の「被害」に関する要件を「いじめの定義」に入れずに、教訓化により、障害のある児童生徒に対するいじめにおいては「被害」が生じるものとして対応するとしていた。

 当該指針の定義のもう一つの特徴は、該当要件には当てはまらない「人権侵害事象」の文言が入っていることである。

 「人権侵害」とはいじめに限らず様々な差別や犯罪に該当する行為も含む。いかなる行為を「いじめ」とするのかを示す該当要件ではなく、いじめを含めた「個人の尊厳や基本的人権が不当に傷つけられる行為全般」を指す。「事象」とは表面に現れた事柄、現実の出来事、現象を指す。いじめの定義に差別や暴力、虐待、犯罪などを含む、範囲が非常に大きい「人権侵害」との概念を入れ、いじめを児童生徒間の「行為」として定義するのではなく「事象」と定義しているのは、いじめに該当するものを広げて、解消しなければならない「問題」をすり替えているようにも見える。端的に述べれば、児童生徒の間でのいじめの行為を問題としているのではなく、いじめる側の児童生徒が抱える「背景にある課題」を「問題」としているのではないかと思われる。

 当該指針における、苦痛を伴う攻撃を加える「いじめる側の児童生徒」に関する記述を以下に示す。

以下は当該指針p.1 着色は古谷による。



 この「深刻な課題」の「課題」は、「深刻な」と形容されているので、「これまでで問題となっており、取り組まなければならない事柄」という意味であろう。深刻な、取り組んで乗り越えなければならない課題(問題)がいじめる側の児童生徒の家庭状況や学校生活に存在する場合が多いと述べている。


以下は当該指針p.2の3 着色は古谷による。


 「児童生徒がいじめ行為に及んだ原因」ではなく、「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因」と表記されている。いじめの定義において、いじめを「行為」と定めず「事象」と定めていたように、行為の原因と述べるのではなく、いじめ行為に及んだ児童生徒を取り巻く事象の原因ということであろうか。「原因」をいじめ行為に及んだ児童生徒の「背景」と並べて表記している。

 そして、「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因・背景を把握し指導に当たる」のは、いじめの解消のためではなく、「再発防止に大切なこと」と述べている。当該指針はいじめの防止(未然防止・再発防止)のための指針であり、いじめの定義は児童生徒間の加害行為(被害をもたらす行為)を要件としておらず、加害を止めることと、被害からの回復のための支援が「課題」とされていない。明記されていないので断言はできないが、いじめ行為に及んだ児童生徒の原因・背景を把握して行う「指導」は、いじめ行為に及んだ児童生徒への指導ではなく、いじめ防止のために行う、集団(学級や学校)への指導ということかもしれない。

 いずれにしても、いじめ行為に及んだ児童生徒に関しては「原因や背景」を把握すると記されているにもかかわらず、いじめ行為を受けた児童生徒が当該行為によっていかなる被害を受けているのかの把握についての記載がない。そもそもいじめの定義に被害が要件とされていない。

 当該指針には「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因・背景を把握し指導に当たることが、再発防止に大切」と記載されているが、大阪府の「いじめSOS チームワークによる速やかな対応をめざして いじめ対応プログラムⅠ(平成19年6月)」(以下、いじめ対応プログラムⅠという)の、再発防止について書かれた箇所p.38には、「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因・背景」についての言及はないように見える。以下に当該箇所を示す。着色は古谷による。





 「課題」「背景」の語を多用している。「課題」については、一読しただけでは「設定したゴールに向けての行動=これから行う行動」を意味するのか、「取り組まなければならない事柄=これまでで問題となっている事柄」を意味するのか、どちらの「課題」なのかがわからない。「課題」とは、以前(過去)からの取り組まなければならない事柄という意味と、ゴールに向けてこれから(未来)行う行動という意味と、時系列的には異なる意味を持つ。また、「背景」も時系列で考えると、いじめ事象より前(過去)から続く、周囲の状況や事情という意味である。

 1つ目の▪️は、いじめの被害・加害児童生徒への指導ではなく、「学校における一人ひとりの子どもや集団への指導」と述べているので、いじめ事象が生起する前の、全員に対しての(いじめの未然防止の)指導に関して、どのような「課題」(取り組まなければならない事柄)があったのかを教訓化すると述べている。(いじめ防止指針の「いじめの認識」においては、「学校の教育活動全体が問われる問題である」と述べているので、いじめを未然に防止するための指導だけに限らないのかもしれない)

 2つ目の▪️の「地域や家庭等の背景」は、地域の背景(地域の歴史やら特色?)や家庭の背景(誰の家庭かわからない家庭のこれまでの事情)がいじめ事象の教訓化と関係するとは考えにくい。「地域や家庭等の背景」との記載は、「誰の」背景なのか、ということを省いていると思われる。大阪府のいじめ防止指針の「その背景にはいじめる側の児童生徒自身が、家庭状況や学校生活の中で深刻な課題を抱えている場合が多い」「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因・背景」との記載から、背景はいじめの加害児童生徒のものと考えられる。つまり、いじめ事象が生起する前からの、いじめの加害児童生徒の、背景(環境や家族関係等)ということである。


 「学校における人権教育の課題」は、「日常の教育活動に活用する」と述べていることから、人権教育で今後行うことを述べていると考えられる。「学校の人権教育で今後学ぶこと」というような意味で、いじめの加害児童生徒の背景(地域や家庭等)とつなげるということであろう。1つ目の▪️を要約すると、事象が生起する前の学校の指導に、足りなかったものを教訓化するのに対し、2つ目の▪️は、事象が生起する前の加害児童生徒の環境や家庭事情を理解して、今後の人権教育で学ぶこととつなげて教育活動に活用することがいじめ事象を教訓化するには大切と述べている。


 3番目の▪️は、「加害の子どもへの指導を通して、その背景や課題を分析し」と述べている。当該プログラムの「いじめにかかわっている子どもへの聴き取り」p.16においては、いじめ行為の背景(いじめ行為に至る背景)や課題について分析して共感的に支えると述べており、聞き取りの段階で行為の「背景」を分析している。聞き取りの段階で分析する「行為の背景」と加害の子どもに指導する段階で分析する「背景」はおそらく別の「背景」だと思われるが、詳細の説明がなく、「何の、あるいは誰の」背景を分析するのかわからない。2番目の▪️と同様、「地域や家庭等の背景(地域や家庭などの、児童生徒の背景)」だろうか。

 3番目の▪️には、「学校における」と学校に限定した記述がないので、「加害の子どもへの指導」と「子どもへの対応のあり方」は、学校での指導や対応に限ったものではないのかもしれない。関係機関と連携した指導かもしれないし、家庭での対応のあり方も見直しの対象なのかもしれない。仮に家庭での子どもへの対応を見直すのだとしたら、誰が見直すのかについての言及がない。当該プログラムは大阪府教育委員会が策定したものだが、家庭での子どもへの対応を教育行政が見直す(チェック)する権限があるのだろうか。それとも、児相などの関係機関が見直すのだろうか。


 記載がなくわからない箇所が多い。しかし、いずれも事象が生起する前の「学校での指導」「環境(家庭などの状況)」を、生起したいじめ事象を基に見直すことが「事象の教訓化」と考えられる。

 おそらく(明記されていないのではっきりとはわからないが)、「事象の教訓化」とは、大きな事件が起きたときの「事件の教訓化」と同様なのではないだろうか。大きな事件が起きた時に、事件を起こした「原因」に迫ろうと、事件を起こす前の加害者の行動や周囲の状況(生育歴や家庭環境)などが掘り返されることはよくある。どこかで加害にストップがかけられなかったのかと既存の行政の仕組み(学校教育や子育て支援等)などを、事件をもとに見直したり、困窮家庭を支援する施策を手厚くするというのならば、加害者の「背景」を深掘りする意義も一定理解できる。

 しかし、当該プログラムの「地域や家庭等の背景を理解し、学校における人権教育の課題とつなげ、教材にいかす」ことが教訓化であるというのは、なんのための教訓化なのかがわからない。地域や家庭等の加害児童生徒の背景に、人権上の問題(人権教育とつながる何か)があるのであれば、人権教育とつなげて児童生徒に働きかけるのではなく、当該家庭を支援するなど、環境をつくっている保護者や大人に対しての働きかけが必要なはずである。
 おそらく、当該プログラムの「地域や家庭等の背景を理解し、学校における人権教育の課題とつなげ、教材にいかす」ことは、大阪府のいじめ防止指針p.2の3の「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因・背景を把握して行う指導」(集団への指導)に該当すると思われる。
以下は大阪府いじめ防止指針の当該箇所。着色は古谷による。





 以上、「事象の教訓化」について、「背景」と「課題」という語が多用されている▪️の、1つ目から3つ目を見てきたが、「課題」については、見出しの下の囲みの中にも記載がある。以下に画像を示す。


 上の「課題」には二つの意味を持たせていると思われる。要約すると、以下のような内容である。

ア いじめ事象に対して学校が抱える問題を教訓化し、いじめの防止のための教育に取り組む(事象の生起により明らかになった、事象の前から存在していた課題)

イ いじめ事象が生起した場合の学校の取組は、教訓化を行い、いじめの防止のための教育に取り組むこと(事象の後に行う課題)

いじめ対応プログラムⅠの▪️の1つ目がアに該当し、▪️の2つ目がイに該当する。以下に、いじめ対応プログラムⅠの当該箇所を示す。


































 いじめ行為に及んだ児童生徒の背景(地域や家庭等)に存在する、人権教育とつながるものが、人権侵害であったとしても、その人権侵害は児童生徒の行為ではなく、文科省が定義する「いじめ」とは別の行為である。
以下当該指針p.1より引用。









児童生徒の背景に存在する「課題」に取り組まなければならないのは、児童生徒ではなく、保護者などの大人であって、児童生徒ではない。当該指針のいじめの定義が、行為を要件とするものではなく、人権侵害事象を要件としているのは、いじめ行為に及んだ児童生徒に対する人権侵害を人権教育の「課題(取組み)」とつなげるためだと思われる。



 「課題」に二つの意味を持たせるからくりは、大阪府のいじめ防止指針の冒頭でも使用されている。












いじめは「人権侵害事象」であり、根絶すべき「問題」として未然防止に努めなければならない

いじめは「人権侵害事象」であり、根絶するための「取組み」として、未然防止に努めなければならない


当該指針には、「根絶すべき課題」と記されているので、「課題」の意味をすでに存在する「取り組まなければならない事柄(問題)」と捉えてしまいがちだが、これから行う「取組」との意味でも「課題」との語を使用している。



 大阪府のいじめ防止指針のいじめの定義についてはここまで
 次に二つの教訓化について述べる。



大阪府のいじめ防止指針の2つの教訓化

 教訓化についての記載をいじめ防止指針といじめ対応プログラムⅠから以下に示す。

大阪府のいじめ防止指針のp4~p.5の「4.日常の未然防止」の「⑤具体的事象の教訓化」




いじめ対応プログラムⅠのp.38の「Ⅳ事象の教訓化と再発防止」の「1事象の教訓化と人権教育の推進」の教訓化についての記述



いじめ防止指針に記載された教訓化といじめ対応プログラムⅠに記載された教訓化とでは、教訓化する対象が異なっていることがわかる。

 指針に記載された教訓化は、以下のように事象が生起した後の教職員の対応や指導が対象となっている。
  • いじめられた子どもの被害状況の把握
  • ケア(ケアの対象は明記されず)
  • いじめた子どもへの指導の在り方(原文ママ プログラムでは「あり方」と記載)等

 いじめ対応プログラムⅠに記載された教訓化は、以下のように事象が発覚する前の、教職員の指導といじめの加害児童生徒の背景が対象となっている。

  • 学校における一人ひとりの子どもや集団への指導(いじめの当事者への指導を示してはいない。学級等の集団への指導)
  • 人権教育の課題とつながる、いじめ行為に及んだ児童生徒の背景(地域や家庭等)

当該指針のp.6の図を用いて2つの教訓化による教訓を示すと以下のようになる。

 当該指針の「いじめの未然防止に向けた取組みの推進方向」(p.3以降)は、教訓化を行って得られた教訓が記されている。事案に学ぶ視点とされるピンクに着色した箇所は「事象が生起した後の教職員の対応や指導」について教訓化を行い、得られた教訓を「早期発見」に関するもの(2 確かな現状認識)と「いじめ(事象)への対応」に関するもの(3 事象の対応と教訓化)とに分けている。

 教育活動の視点とされる緑に着色した箇所は、「事象が発覚するまでの未然防止の指導の分析すること」と、「いじめの加害児童生徒の背景(地域や家庭等)を理解すること」から得られた教訓である。

 まず、「教育活動の視点」と分類される記書きの1番と4番の、「基本的な姿勢」を示し、次にその姿勢によって教訓化された事柄を見ていく。






 いじめとは、法の定義を端的に述べると、児童生徒が他の児童生徒から受ける、苦痛に感じる行為である。いじめに対しては、当該行為を児童生徒の一人ひとりが行わないようにすること(いじめの防止)と、いじめを早期に発見して、対処することが法によって定められている。

 一方、大阪府のいじめ防止指針は、いじめの定義において、被害者と加害者を示す要件を入れずに、人権侵害事象としている。1番では、将来にわたって内面を傷つけられたのがいかなる子どもなのかが示されていない。4番では、児童生徒一人ひとりがいじめに係る行為を行わないように教育するのではなく、学校・学級自体の集団としての質を高めると述べている。

 一見すると問題があるようには見えない記述であるが、この基本的な姿勢により、教訓化を行ったものが以下に示す取組みである。

大阪府のいじめ防止指針の「いじめの未然防止に向けた取組みの推進方向」の「1.いじめの認識」




 ①の「(前略)その個性と向き合い、人権を守り尊重した教育活動を行わなければならない」のは、教職員である。子どもたちの人権を尊重した教育活動を行うだけでなく、「人権を守り」との記述もあるが、誰(何)から子どもの人権を守るのかは述べていない。そのために(その個性と向き合い、人権を守り尊重した教育活動を行うために)「子どもの立場に立ち、守りきるという姿勢を養う必要がある」と述べている。いじめによって、いじめの被害児童生徒の人権が侵害されているのであれば、「子どもの立場に立って」との表記は、「子ども」にいじめの加害児童生徒も被害児童生徒も含まれるので、適当ではない。

 先に示したように、文科省のいじめの定義には平成6年度から「個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと」が追加されている。いじめ防止対策推進法施行後の「いじめの防止等のための基本的な方針」平成25年10月11日文 部 科 学 大 臣 決 定(最終改定 平成29年3月14日)の「いじめの定義」にも、「個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は,表面的・形式的にすることなく,いじめられた児童生徒の立場に立つことが必要である」との記載がある。一方、「子ども虐待対応の手引き」(平成25年8月改正版 厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課)の「虐待の判断に当たっての留意点」には「保護者の意図の如何によらず、子どもの立場から、子どもの安全と健全な育成が図られているかどうかに着目して判断すべきである」との記載がある。文科省も、厚労省も、いじめや虐待などの判断は、被害者の立場に立って判断すると定めている。

 大阪府のいじめ防止指針のいじめの定義は、「多数が少数に対して」と述べていて、被害児童生徒及び加害児童生徒を示す文言は入っていない。「1.いじめの認識」の①の文中の「子どもの立場に立つ」と言うのは、「いじめ」に当たるか否かの「判断」ではなく、虐待のように、加害者が子どもの対義語である大人あるいは親である人権侵害から、被害者である子どもの人権を守りきると述べていると考えるのが妥当であろう。

 当該指針は先述したように、いじめの定義から「いじめられた児童生徒が苦痛を感じている」との要件を除いた上で、教訓化を行い、障がいのある児童生徒に対するいじめ事象においては被害が生じているとして、「いじめられた児童生徒のケア」とは別に「被害者のケア」について定めている。さらに、いじめの定義において、いじめを「児童生徒の間の行為」ではなく、「人権侵害事象」とした上で、教訓化を行い、誰から誰を守るのかについては明記せずに「子どもの立場に立ち、守りきるという姿勢を養うことが必要」と定めている。

 ②の「厳しい課題を有している子ども」との記述は、背景に地域や家庭等の問題が存在する子どもと考えられる。なぜ集団の中に位置づけることを教訓としているのか、理由は定かではないが、目指す到達点が、「人権を尊重する集団」なので、集団の中に位置づける必要があるのだろう。地域や家庭の問題に対して支援することと、集団づくりがどう関係するのかは不明である。「子どもを深く理解する人権感覚」との意味はわからない。「人権感覚」を検索したところ、「人権感覚とは、人権の価値やその重要性にかんがみ、人権が擁護され、実現されている状態を感知して、これを望ましいものと感じ、反対に、これが侵害されている状態を感知して、それを許せないとするような、価値志向的な感覚である」とあった。子どもたちの表情の裏にある心の叫びを感じ取る感性等ではなく、まず児童生徒の状態を知る必要があると思われる。何か困っていることはないのかを問うてみるなどして、児童生徒の状態を確かめるべきである。

 「1.いじめの認識」の①と②の内容は、いじめの行為から子どもを守るのではなく、人権教育の課題とつながる虐待や差別などから子どもの人権を守り、教育活動を行わなければならないと定めている。③の「いじめの未然防止につながる研修の充実」には、いじめへの対応についての記述が含まれている。いじめへの対応の教訓化については後述する。


 「4.日常の未然防止」には、「教育活動の全てにおいて」と「集団としての質」に関する記述が混在している。