2022年(令和4年)3月に起きた泉南市の中学生、松波翔さんのいじめ自死事件に、泉南市教育部(泉南市教育委員会と泉南市立小中学校をいう。以下同じ。)と泉南市(泉南市長部局をいう。以下同じ。)がどのように対処し、調査を行ったのかかをまとめています。当該事件の背景にいじめがあることは、令和4年8月2日に泉南市長が受け取った子どもの権利条例委員会の第10次報告書で指摘されており、子どもの権利条例委員会は、同年6月7日に教育長に宛てた意見表明の書面においても、いじめ防止対策推進法に基づく対処が必要かつ不可欠であると表明しています。また、メディアによる報道でもご遺族は、いじめがあったことを話していらっしゃいます。本文書も、泉南市教育部と泉南市がいじめ防止対策推進法に則った対処、および調査を行ったのかどうかを検証するために経緯をまとめました。
いじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号 以下、法という)第1条には、同法の目的が示されています。
第一条 この法律は、いじめが、いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものであることに鑑み、児童等の尊厳を保持するため、いじめの防止等(いじめの防止、いじめの早期発見及びいじめへの対処をいう。以下同じ。)のための対策に関し、基本理念を定め、国及び地方公共団体等の責務を明らかにし、並びにいじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定めるとともに、いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定めることにより、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的とする。
つまり、法は以下の4点を定めることにより、
いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進して、
児童生徒の尊厳を保持するための法律です。
- いじめの防止等のための対策に関し、基本理念を定める。
- いじめの防止等のための対策に関し、国及び地方公共団体等の責務を明らかにする
- いじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定める
- いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定める
泉南市教育部と泉南市がいじめ防止対策推進法に則って対処及び調査を行ったのかどうかを検証するには、泉南市教育部と泉南市が法の定める責務にあるように、基本理念にのっとっていじめの防止等のために必要な措置を講じたのか、法が定める「泉南市いじめ防止基本方針」と「学校いじめ防止基本方針」を策定しているのか、そして策定した同方針に則って翔さんの事案に対処したのかを検証する必要があります。そのため、経緯をまとめたものは、いじめ防止対策推進法が制定された後の2014年(平成26年)に、泉南市教育部が学校いじめ防止基本方針を策定した頃からの動きをまとめています。
また、最新版の令和4年12月改訂の泉南市いじめ防止基本方針の「はじめに」には以下の記載があり、いじめ防止対策推進法施行後も大阪府教育庁(大阪府教育委員会)が策定したいじめ防止指針を活用しているとのことなので、当該指針と指針に対する所見も記載しています。
泉南市では、これまでも、いじめは「重大な人権侵害事象であり、根絶すべき課題として未然防止に努めなければならない」「いじめられた児童生徒の立場になって取り組み、速やかに解決する必要がある」という考えのもと、「いじめ防止指針」をはじめ、大阪府教育庁が作成(原文ママ 策定ではなく作成と記載)した様々な資料を活用しながら、いじめ防止対策等に取り組んできました。
以下、2014年(平成26年)からの経緯
2014.3.7(平成26年)
泉南市議会平成26年第1回定例会(第3号)
会議録より一部引用
いじめ防止等の基本方針について御説明をさせていただきます。 昨年、いじめ防止対策推進法が6月に制定され、10月に国から具体化に向けたいじめ防止等のための基本方針が示されました。ここでは、まず一番重要なのは、学校において学校いじめ防止基本方針を策定するということと、いじめ防止対策の委員会といった校内組織設置の義務づけということが重要になってくることでございます。 現在は4月から学校で取り組めるように、学校のいじめ防止方針を定めるようなモデルを教育委員会としては示したところでございます。現在は学校のほうで、このいじめ防止の基本方針について検討をしているというところでございます。
まず、1点目の学校の基本方針につきましては、4月から実施ができるように進捗状況を見守って、今月中にはつくって、4月には開始ができるようにチェックをしていきたいなというふうに思っております。 そして、市の取り組みについてでございますが、市としましても、泉南市いじめ基本方針を策定する予定でございます。
教育長は平成26年3月中に「学校いじめ防止基本方針」をつくって、「泉南市いじめ(防止)基本方針」は策定予定と答弁している。泉南市教育委員会会議録では、平成29年2月の教育委員会会議にて教育委員に当該基本方針(案)について説明しており、「泉南市いじめ防止基本方針」は平成29年3月に策定されたものと思われる。
しかし、令和4年12月改訂版の「泉南市いじめ防止基本方針」には「平成26年3月には、いじめ防止対策推進法に基づき定められた国の方針を受け、泉南市いじめ防止基本方針(以下、:「市いじめ防止基本方針」という。)を策定し」と書かれていることから、「平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針」を情報公開請求したところ、平成26年3月議会では作成する予定と述べていたにもかかわらず「平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針」が公開された。(令和5年8月23日付け泉南教委指第1200号公開) 以下、いじめ防止基本方針について整理する。
いじめ防止基本方針
いじめ防止基本方針とは、いじめの防止等のための対策を、総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針で、行政機関である国(文科省)、地方公共団体、学校がそれぞれのいじめ防止基本方針を策定することが法第11条〜13条で規定されている。国(文科省)、地方公共団体、学校がそれぞれにいじめ防止基本方針を策定するのは、責務規定(法第5条〜第9条)
が異なることと、教育行政は地方自治体が主体となり、教育の中立性を確保し、公正な民意により、地方の実績に即して実施されなければならないためだと思われる。
いじめの防止等の対策を推進する上で、児童生徒に接している学校が一番重要な役割を果たす。法第8条では、「いじめの防止及び早期発見に取り組む」のも、「当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する」のも、学校及び学校の教職員の責務と定められている。そのため、学校いじめ防止基本方針は必ず策定しなければならないが、地方いじめ防止基本方針の策定は法第12条で努力義務規定となっている。
泉南市では、26年3月議会答弁や平成29年2月の教育委員会会議録を見ると、平成26年に学校いじめ防止基本方針を策定し、努力義務規定の泉南市いじめ防止基本方針は、平成26年3月当時は策定されていなかったはずであるが、前述したように情報公開請求により、平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針が公開された。
法に反している平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針
公開された平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針の内容は、法が規定している「基本理念」「地方公共団体の責務」「学校及び学校の教職員の責務」「いじめの防止等のための対策の基本となる事項」とは異なる内容となっている。
冒頭で述べたように、いじめの防止等のための対策を推進することで、児童生徒の尊厳を保持しようという法律が、いじめ防止対策推進法であり、この法律は、以下の4点を定めることにより、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的としている。
- いじめの防止等のための対策に関し、基本理念を定める。
- いじめの防止等のための対策に関し、国及び地方公共団体等の責務を明らかにする
- いじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定める
- いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定める
法で規定されている「基本理念」も、「責務」も、「基本的な方針」も、「基本となる事項」も、すべて「いじめの防止等のための対策」に関することである。
しかし、泉南市教育委員会と大阪府教育庁(大阪府いじめ防止基本方針は泉南市のものと内容がほぼ同じ)は「いじめの防止等のための対策」に関する「基本理念」ではなく、「いじめ防止等のため」の「基本理念」とすることで、法の規定とは異なる基本理念を地方いじめ防止基本方針で定めている。「責務」も、「基本的な方針」も、「基本となる事項」も同様で、法が規定する「いじめの防止等のための対策」に関するものではない。
以下に、平成26年版泉南市いじめ防止基本方針の8ページと9ページを示す。泉南市いじめ防止基本方針(大阪府いじめ防止基本方針も同様)には、「いじめの防止等」と「いじめ防止等」が混在している。
泉南市いじめ防止基本方針の9ページでは、学校に「いじめ防止等の対策のための組織」と「いじめの防止等の対策のための組織」の二つの組織が存在することになっている。
地方いじめ防止基本方針は、法第12条で、以下のとおり規定されている。
第十二条 地方公共団体は、いじめ防止基本方針(注:法第11条で規定された国のいじめ防止基本方針)を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体におけるいじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針(以下「地方いじめ防止基本方針」という。)を定めるよう努めるものとする。
泉南市いじめ防止基本方針において、「いじめの防止等」「いじめの防止」と記載されている内容は、いじめ防止対策推進法で規定されたものだと思われるが、「いじめ防止等」「いじめ防止」「いじめの未然防止」と記載されている内容は、法第12条の「その地域の実情に応じ」た対策と考えることもできる。
また、平成26年3月に策定されたとされる泉南市いじめ防止基本方針及び同基本方針の平成29年改訂版、平成31年改訂版の「はじめに」には以下の記述がある。
泉南市では、これまでも、いじめは「重大な人権侵害事象であり、根絶すべき課題として未然防止に努めなければならない」「いじめられた児童生徒の立場になって取り組み、速やかに解決する必要がある」という考えのもと、様々ないじめ防止対策等に取り組んできました。
そして、最新版の令和4年12月改訂の同基本方針にもほぼ同じ内容の記載がある。(青字は、令和4年12月改訂版で新たに付け加わった箇所。)
泉南市では、これまでも、いじめは「重大な人権侵害事象であり、根絶すべき課題として未然防止に努めなければならない」「いじめられた児童生徒の立場になって取り組み、速やかに解決する必要がある」という考えのもと、「いじめ防止指針」をはじめ、大阪府教育庁が作成した様々な資料を活用しながら、いじめ防止対策等に取り組んできました。
その大阪府教育庁(大阪府教育委員会)の「いじめ防止指針」の冒頭にも以下の記載がある。(青字は泉南市いじめ防止基本方針の「はじめに」の記述と同じ箇所)
いじめは、「学校の内外を問わず、多数が少数に対して、一方的に、精神的・肉体的苦痛を伴う身体的・心理的な攻撃を継続的に加える重大な人権侵害事象」であり、根絶すべき課題として未然防止に努めなければならない。また、不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み、速やかに解決する必要がある。
泉南市いじめ防止基本方針の「これまでも」がどこを起点としているのかはわからないが、泉南市では、大阪府のいじめ防止指針に記載された考えをもとにいじめ防止対策等に取り組み、いじめ防止基本方針策定後(平成26年以降)も、大阪府教育庁(注:当該指針の表紙には大阪府教育委員会と記載)が作成した「いじめ防止指針」や資料を活用して「いじめ防止対策等」に取り組んできたと述べている。
泉南市いじめ防止基本方針の「その地域の実情に応じた」対策とは、大阪府の「いじめ防止指針」と大阪府教育庁の資料に基づくものであると考え、「泉南市いじめ防止基本方針」よりも先に、大阪府のウェブサイトに掲載されている平成18年3月策定の「いじめ防止指針」について所見を述べ、当該指針を画像で示す。
大阪府のいじめ防止指針
大阪府のいじめ防止指針は冒頭で
「いじめは、「(中略)重大な人権侵害事象」であり、根絶すべき課題として未然防止に努めなければならない。」
「不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み、速やかに解決する必要がある。」
と述べている。この二つの記述を読むと、いじめが生起しないように未然防止を行い、未然防止の取組の甲斐なく不幸にしていじめ事象が生起した場合には、それを解決することで、いじめへの対策は事足りるような印象を受ける。しかし、当該指針はいじめを「人権侵害事象」であるとしながら、いじめられた児童生徒の侵害された権利を回復するために何をするのか、ということが全く述べられていない。
侵害された権利として考えられるのは、いじめ防止対策推進法第1条でも述べられているように、教育を受ける権利である。また、いじめ行為を受けることで心身が傷つけられて生存権(安心して暮らす権利)が侵害されていることも考えられる。(事案によって侵害されている権利は様々である)いじめられた児童生徒の権利が、侵害されていない状態に回復するためには、いじめに該当する行為がどのような行為だったのか、その行為を受けた児童生徒の心身にどのような被害があったのかを把握した上で、どうすれば権利が侵害されていない状態に戻すことができるのかを考え、実行する必要があるはずである。つまり、いじめられた児童生徒が安心して教育を受けられる環境を整えるために、いじめられた児童生徒、その保護者に聞き取りを行い、いじめ行為を受けた影響でできなくなったことや、本人の意向を確認する必要がある。具体的には、いじめた児童生徒と同じ教室で授業を受けることができるのか、いじめられた児童生徒にとって信頼できる人は誰で、その人がそばにいれば授業が受けられるのか、教師の見守りはどの程度必要なのか、クラス替え、転校の必要があるのかなどをいじめられた児童生徒及びその保護者に確認することは絶対に必要である。しかし、当該指針にはいじめられた児童生徒の侵害された権利を回復するために必要な措置に関する記述が一切ない。では、当該指針における、不幸にして事象が生起した場合に行う、「いじめられた児童生徒の立場に立って取組み」とは何を取組み、解決するのだろうか。
当該指針は「事象が生起した場合には(中略)解決する必要がある」と述べておきながら、「事象の解決」についての記述はなく、「いじめ問題の解決」の記述が目立つ。「いじめ事象の解決」と、「いじめ問題の解決」が、それぞれどのような状態になることを「解決」とするのか、二つの解決の違いは何なのかは当該指針では明らかにされていない。
「いじめ事象の解決」とは、事例によって様々ではあるが、端的に述べると、いじめ行為がなくなり、いじめられた児童生徒がいじめられる前と同様の状態に戻り、いじめた児童生徒が再びいじめ行為を行わないようになることだと思われる。つまり、いじめ事象の当事者であるいじめられた児童生徒といじめた児童生徒の状態や、いじめた児童生徒の行動を変えなければならない。教職員が、いじめの当事者の状態や行動を変えるために、いじめの当事者に行う行為(支援や指導)が、いじめ事象を解決するための行為と考えられる。
大阪府のいじめ防止指針には、どのようにしていじめ事象を解決するのかということが明記されていない。「不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み、速やかに解決する必要がある。」との記述も、誰がいじめられた児童生徒の立場に立って取組み、何を行うことで解決するのかが述べられていない。
当該指針の内容を
という観点から整理すれば、当該指針が何をするための指針なのかが見えてくると考えられる。
また、当該指針冒頭では「未然防止に努めなければならない」との記述があるが、いじめの防止は事象が生起する前に行う「未然防止」だけではなく、事象が解決した後に「再発防止」も行わなければならないはずである。「教訓化」についての記述も存在し、当該指針は、未然防止と再発防止と教訓化を混同させるような、不可解な記述が散見されることから、未然防止と再発防止についても整理する。
以下に大阪府のいじめ防止指針を示す。着色してある箇所は古谷によるものである。
いじめの解消といじめの定義
p.1では、「いじめ」と「いじめ問題」について、「解消」という言葉を使っている。「解決」や「解消」という言葉をどのように使い分けているのかはわからない。
赤い四角枠で囲ったいじめの定義(大阪府の定義)には、「継続的に加える」との文言があり、一回きりではなく、繰り返される攻撃をいじめとしている。法第2条第1項のいじめの定義では「継続的に」という文言は無くなったが、文科省の「いじめの防止等のための基本的な方針」(最終改定 平成29年3月14日 以下国のいじめ防止基本方針という)では、いじめが「解消している」状態について、以下のとおり述べている。
いじめは,単に謝罪をもって安易に解消とすることはできない。いじめが「解消している」状態とは,少なくとも次の2つの要件が満たされている必要がある。ただし,これらの要件が満たされている場合であっても,必要に応じ,他の事情も勘案して判断するものとする。
被害者に対する心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネット
を通じて行われるものを含む。)が止んでいる状態が相当の期間継続していること。この相当の期間とは,少なくとも3か月を目安とする。ただし,いじめの被害の重大性等からさらに長期の期間が必要であると判断される場合は,この目安にかかわらず,学校の設置者又は学校いじめ対策組織の判断により,より長期の期間を設定するものとする。学校の教職員は,相当の期間が経過するまでは,被害・加害児童生徒の様子を含め状況を注視し,期間が経過した段階で判断を行う。行為が止んでいない場合は,改めて,相当の期間を設定して状況を注視する。
② 被害児童生徒が心身の苦痛を感じていないこと
いじめに係る行為が止んでいるかどうかを判断する時点において,被害児童生徒がいじめの行為により心身の苦痛を感じていないと認められること。被害児童生徒本人及びその保護者に対し,心身の苦痛を感じていないかどうかを面談等により確認する。
国のいじめ防止基本方針において、いじめが解消している状態の要件の一つは、いじめに係る行為が止んでいる状態が3か月続いていることである。法のいじめの定義は「継続的に」の文言をなくし、一回だけのいじめに係る行為も「いじめ」とすることになったが、いじめとは、繰り返されるものであるとの認識は残っている。
文科省のウェブサイトには「いじめの定義の変遷」が掲載されていて、「いじめの定義」は少しずつ変わってきているが、いずれの定義も大阪府のいじめ防止指針の定義とは異なっている。大阪府のいじめ防止指針は「いじめは『学校の内外を問わず、多数が少数に対して、一方的なおかつ継続的な、精神的・肉体的苦痛を伴う身体的・心理的な攻撃を継続的に加える重大な人権侵害事象である」と述べているが、文科省の「いじめの定義の変遷」の【児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査における定義】に「多数が少数に対して」との要件はない。大阪府の定義だと、加害者は複数人いなければ「いじめ」に該当しない。大阪府は国のいじめの定義よりも、いじめの範囲を狭めている。
また、文科省のいじめの定義(平成6年からの定義)では、いじめられた児童生徒の立場に立って行うのは、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断としている。以下、文科省のウェブサイトから「いじめの定義の変遷」の画像を貼り付ける。
いじめの一般的な傾向
当該指針 P.1には「いじめは一般的に〜」で始まるいじめの一般的な傾向についての記述がある。以下に引用する。
いじめは一般的に、集団の中で離れがちであったり弱い立場にある人に対して攻撃又は排除しようとする傾向と関わって生起することが多く、加えて、鬱屈した気持ちのはけ口として、あるいは、誰かを攻撃することで「自分の存在」を確かめようとしている傾向が見られる。その背景には、いじめる側の児童生徒自身が、家庭状況や学校生活の中で深刻な課題を抱えている場合が多い。
「いじめは一般的に、集団の中で離れがちであったり弱い立場にある人(原文ママ 児童生徒や子どもではない)に対して攻撃又は排除しようとする傾向と関わって生起することが多く」の箇所については、(児童生徒の間に生じるいじめとは異なるが)確かに、社会においては孤立している人(集団の中で離れがち)や弱い立場にある人が暴力やハラスメントの被害にあいやすく、加害者は孤立しがちな人や自分より弱い立場にある人をターゲットにすることが多い。しかし、集団の中ではなく、加害者と被害者がそれぞれ一人ずつでも暴力やハラスメントは起こる。例えば、夫婦や恋人間ではDVやモラルハラスメントが問題となるし、集団の中ではいじめに該当するような行為をしない人でも、二人になった時にだけ意地悪なこと(攻撃)をしてくるという事例は多くの人が経験したことがあるのではないだろうか。
いじめは大勢の前で揶揄ったりするようなものから、大人の目の届かないところで行われるものなど様々であるが、必ずしも集団あるいは複数で行われるとは言い難い。集団の中で、孤立しがちな子どもや、大人しい子どもなどは、支配しやすい対象として、ターゲットにされやすい傾向はあると思う。意図的なものなのかどうかはわからないが、当該指針は「加害者」であるいじめを行う児童生徒の存在を隠しているような気がする。「集団の中で、孤立している人や弱い立場にある人に対して攻撃又は排除しようとする」のは加害者である。加害者が孤立した人や弱い立場にある人に対して攻撃又は排除しようとすることを、主語を省き「集団の中で(中略)〜にある人に対して攻撃又は排除しようとする傾向と関わって生起することが多く」と述べて、あたかも集団の傾向と関わっていじめが生起するかのように印象付けている。
いじめは、いじめられた児童生徒といじめた児童生徒の関係性が支配・被支配の関係(対等で互いに尊重し合える関係ではなく一方が嫌なことをされる、嫌なことをさせられる関係)となっていることが問題であり、対等な関係性を築くことを学習する必要がある。例えば、大阪府の「いじめSOS チームワークによる速やかな対応をめざして いじめ対応プログラムⅠ(平成19年6月)」のp.34にも「被害と加害の子どもが入れ替わる」ことに配慮しながら子どもを見守ることが大切と記載されているが、これは社会的地位や財力などの差が生じた大人とは違って、学校の中の子どもは、状況が変わると加害を行っていた児童生徒が、被害者に変わることもあるということである。対等な関係性を経験したことがなく、学校内が一人ひとりを個人として尊重する環境でないのであれば、子どもたちは上下関係、支配・被支配の関係しかつくれない。そのため、加害を止めることで被害と加害の子どもの状況が変わると、対等な関係性ではなく、上下関係のまま被害と加害の子どもが入れ替わるという状態が生じることがある。
いじめは集団が生み出すものではなく、児童生徒の関係性で生じるものであるから、「集団の中で〜する傾向と関わって生起することが多い」とするのは不適当であると思われる。
「鬱屈した気持ちのはけ口として」の箇所は、いじめがストレスと関係があることから、ストレスを感じている状態を「鬱屈した気持ち」と表していると思われる。いじめを鬱屈した気持ちのはけ口としている傾向が見られるということは、誰かをいじめることで鬱屈した気持ちを払拭することができると言うことであろう。
「誰かを攻撃することで『自分の存在』を確かめようとしている」の箇所は、よくわからない。攻撃して服従させることで自分の優位性を示そうとしているというのなら理解できるが、他者を攻撃してどういう状態になれば自分の存在が確かめられるのか、本当にわからない。
いじめの一般的な傾向の背景
いじめの一般的な傾向を述べたのち、その背景にはいじめる側の児童生徒が家庭状況や学校生活の中で深刻な課題を抱えていることが多いと述べている。以下引用する。
その背景には、いじめる側の児童生徒自身が、家庭状況や学校生活の中で深刻な課題を抱えている場合が多い
先述したように、子ども(児童生徒)のいじめは状況が変われば「被害と加害の子どもが入れ替わる」ということが起こる。いじめる側の児童生徒が課題を抱えているケースがあることを否定はしないが、状況によって被害を受けていた児童生徒が加害をすることがあるというのは、当該指針が述べる「背景」と矛盾するのではないだろうか。
私見であるが、児童生徒と一括りにしている子どもたちの年齢は、小学校1年生から、中学(泉南市の対象は中学まで)、高校(大阪府の対象は高校まで)と幅広い。年齢が低くなればなるほど、自他の境界が曖昧であることもいじめに関係していると考えられる。例えば、自分が好ましいと思うことは相手も好ましいと感じるはずというような思い込みで、他の遊びをすることを相手に許さないとか、他の子と遊ぶのを許さない (囲い込み)みたいなことは、子ども同士のトラブルではよくある。相手の「今はその遊びをしたくない」という気持ちを尊重できるように、相手の意見と自分の意見を等しく扱えるような教育こそが、いじめ防止には必要だと思う。
子ども・児童生徒の表記
大阪府のいじめ防止指針では、「子ども」「児童生徒」を示す表記がその都度変化していることにも注意する必要がある。例えば、当該指針p.1の下の四角枠の中でも、前半は「子ども」と表記し、後半は「児童生徒」と表記している。子どもと表記している箇所は対となる「大人」や「親」(親子)から見た表記になっていて、「児童生徒」と表記している箇所は、「教職員」あるいは「教師」から見た表記になっていると思われる。
以下、見出しごとに大阪府のいじめ防止指針を示し説明する。
いじめが止んでいない状況下の被害児童生徒に対応するために教職員に求められるのは、傾聴ではなく、感性と洞察力と行動力(意訳)
ここで述べられるいじめの特性は、「いじめにあっている児童生徒」と「〜の状況にある児童生徒が、いじめにあっている場合」のもので、いじめは現在進行形なので、いじめが止んでいない状況下の被害児童生徒の特性である。その特性を理由として「感性」と「洞察力」と「行動力」が求められると述べている。「感性」等が求められるのは誰であるのかは明記されていないが、すでに生起しているいじめに対処し、被害児童生徒に対応するのは教職員なので、「感性」等が求められるのは教職員である。整理すると、以下のようになる。当該指針に記載のない箇所は( )に入れている。
誰を対象に いじめが止んでいない状況下の被害児童生徒に
この「2.すべての児童生徒の心の訴えに学ぶこと」の記述は、以下の3点により、内容の把握を困難にしている。
- 特定の児童生徒(いじめが止んでいない状況下の被害児童生徒)の特性を理由として教職員に「よりよい集団にしていこうとする熱い行動力が求められる」と述べるのは、論理の飛躍がある。いじめが止んでいない状況下の被害児童生徒に対応する教職員に求められるのは、「よりよい集団にしていこうとする熱い行動力」ではなく、いじめ行為と行為による被害について、被害者本人に話を聞き、周囲の児童生徒や加害児童生徒に確かめて、いじめ行為を止めることである。
- 教職員が行ういじめの当事者への支援や指導に関係する記述と、集団に対して行う教育実践(理解教育)の記述が混在している。
先述したように、教職員が、いじめの当事者の状態や行動を変えるために、いじめの当事者に行う行為(支援や指導)が、いじめ事象を解決するための行為と考えられる。いじめが止んでいない状況下の被害児童生徒の特性を述べているので、当該箇所はいじめ事象を解決するための教職員の支援や指導に関する内容が記述されると考えられるが、集団を対象にした「教育実践(理解教育)の推進」について述べている。
おそらく「自分の思いをうまく伝えたり、訴えることが難しいなどの状況にある児童生徒」とは、当該指針の1ページに記載のある「障害のある児童生徒」のこと念頭において述べていると思われる。障害のある児童生徒がいじめにあっている場合に隠匿性が高くなり、いじめが長期化、深刻化するという特性を理解する必要があるのは、いじめに対処する教職員である。教職員に対して障害のある児童生徒がいじめられている時の対応について、研修を行うのではなく、集団に対して理解教育(おそらく障がい理解教育 大阪府のウェブサイトでは「障害」ではなく「障がい」と表記)の実践教育を推進するというのは、教職員の対応と児童生徒(集団)に行う教育とをすり替えている。
- 特性については、いじめが止んでいない状況下の被害児童生徒(障害のある児童生徒を含む)のみの特性を述べているのに、見出しを「すべての児童生徒の心の訴えに学ぶこと」としている。また、「学ぶこと」との見出しも、いじめにあっている児童生徒に対する教職員の支援、指導に関する内容なのか、児童生徒の学び(障がい理解教育)に関する内容なのかを分かりにくくしている。
いじめにあっている児童生徒の特性の内容も、不可解である。仮に、児童生徒がいじめられていることを恥ずかしいと考えるのであれば、いじめられる自分が弱いから悪い、自分に非があるからいじめられる等の、いじめに対する誤った考えを内面化していることも考えられる。教職員に求められるのは、「何気ない言動の中に心の訴えを感じ取る鋭い感性」や「隠れているいじめの構図に気づく深い洞察力」ではなく、いじめられる側に責任はなく、いじめられる側は悪くないということをいじめの防止の取組の中で児童生徒に伝えることである。
いじめにより性的な行為をされたり、させられたりした場合は、被害の内容を話しにくいというケースもあると考えられる。具体的な行為を話すのが恥ずかしくて難しいとしても、複数の教職員が関わることで被害者が話しやすい教職員を見つけることができたり、教職員が丁寧に信頼関係を築いていければ、いじめの行為については話せなくても、「嫌なことをされている、させられているかどうか」の確認はできるのではないだろうか。
そして、当該指針は、「いじめられていることを恥ずかしいと考える」ではなく、「いじめを認めることを恥ずかしいと考えたり」と記載している。「いじめにあっている児童生徒がいじめを認める(事実として受け入れる)こと」とは、教職員が被害者に、いじめを事実として受け入れるか否かを確かめ、被害者がそれを受け入れるということである。いじめの加害者ではなく、被害者にいじめを事実として受け入れるかどうかを確かめているというのは不可解である。また、「いじめの深刻化を恐れる」のではなく「いじめの拡大を恐れる」と記載されていることもよくわからない。いじめの拡大とは、自分以外の児童生徒もいじめられることを言うのだろうか。
大阪府教育庁(大阪府教育委員会)がどのような意図で、いじめの被害児童がいじめを「認める」と表記したり、いじめの「拡大」と表記しているのかはわからないが、いじめが止んでいない状況下の被害児童生徒に対応するために教職員に求められるのは「傾聴」であって、「何気ない言動の中に心の訴えを感じ取る鋭い感性」「隠れているいじめの構図に気づく深い洞察力」「よりよい集団にしていこうとする熱い行動力」ではない。