2026年9月14日書き直し 中学生のいじめ自死事案に対する 泉南市(市長・教委)の対応と調査について1(大阪府・いじめ防止指針)

 2022年(令和4年)3月に起きた泉南市の中学生、松波翔さんのいじめ自死事件に、泉南市教育部(泉南市教育委員会と泉南市立小中学校をいう。以下同じ。)と泉南市(泉南市長部局をいう。以下同じ。)がどのように対処し、調査を行ったのかかをまとめています。当該事件の背景にいじめがあることは、令和4年8月2日に泉南市長が受け取った子どもの権利条例委員会の第10次報告書で指摘されており、子どもの権利条例委員会は、同年6月7日に教育長に宛てた意見表明の書面においても、いじめ防止対策推進法に基づく対処が必要かつ不可欠であると表明しています。また、メディアによる報道でもご遺族は、いじめがあったことを話していらっしゃいます。本文書も、泉南市教育部と泉南市がいじめ防止対策推進法に則った対処、および調査を行ったのかどうかを検証するために経緯をまとめました。


 いじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号 以下、法という)第1条には、同法の目的が示されています。


第一条 この法律は、いじめが、いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものであることに鑑み、児童等の尊厳を保持するため、いじめの防止等(いじめの防止、いじめの早期発見及びいじめへの対処をいう。以下同じ。)のための対策に関し、基本理念を定め、国及び地方公共団体等の責務を明らかにし、並びにいじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定めるとともに、いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定めることにより、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的とする。



つまり、法は以下の4点を定めることにより、
いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進して、
児童生徒の尊厳を保持するためのものです。

  • いじめの防止等のための対策に関し、基本理念を定める。
  • いじめの防止等のための対策に関し、国及び地方公共団体等の責務を明らかにする
  • いじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定める
  • いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定める

 泉南市教育部と泉南市がいじめ防止対策推進法に則って対処及び調査を行ったのかどうかを検証するには、泉南市教育部と泉南市が法の定める責務にあるように、基本理念にのっとっていじめの防止等のために必要な措置を講じたのか、法が定める「地方いじめ防止基本方針(泉南市いじめ防止基本方針)」と「学校いじめ防止基本方針」を策定しているのか、そして策定した同方針に則って翔さんの事案に対処したのかを検証する必要があります。そのため、経緯をまとめたものは、いじめ防止対策推進法が制定された後の2014年(平成26年)に、泉南市教育部が学校いじめ防止基本方針を策定した頃からの動きをまとめています。
 また、最新版の令和4年12月改訂の泉南市いじめ防止基本方針の「はじめに」には以下の記載があり、いじめ防止対策推進法施行後も大阪府教育庁(大阪府教育委員会)が策定したいじめ防止指針を活用しているとのことなので、当該指針と指針に対する所見も記載しています。

 泉南市では、これまでも、いじめは「重大な人権侵害事象であり、根絶すべき課題(原文ママ 問題ではなく課題と記載)として未然防止に努めなければならない」「いじめられた児童生徒の立場になって(原文ママ 「立って」ではなく「なって」と記載)取り組み、速やかに解決する必要がある」という考えのもと、「いじめ防止指針」をはじめ、大阪府教育庁が作成(原文ママ 策定ではなく作成と記載)した様々な資料を活用しながら、いじめ防止対策等に取り組んできました。


以下、2014年(平成26年)からの経緯



2014.3.7(平成26年)

泉南市議会平成26年第1回定例会(第3号)
会議録より一部引用
◯教育長(蔵野博司君) 
いじめ防止等の基本方針について御説明をさせていただきます。 昨年、いじめ防止対策推進法が6月に制定され、10月に国から具体化に向けたいじめ防止等のための基本方針が示されました。ここでは、まず一番重要なのは、学校において学校いじめ防止基本方針を策定するということと、いじめ防止対策の委員会といった校内組織設置の義務づけということが重要になってくることでございます。 現在は4月から学校で取り組めるように、学校のいじめ防止方針を定めるようなモデルを教育委員会としては示したところでございます。現在は学校のほうで、このいじめ防止の基本方針について検討をしているというところでございます。 

◯教育長(蔵野博司君) 
まず、1点目の学校の基本方針につきましては、4月から実施ができるように進捗状況を見守って、今月中にはつくって、4月には開始ができるようにチェックをしていきたいなというふうに思っております。 そして、市の取り組みについてでございますが、市としましても、泉南市いじめ基本方針を策定する予定でございます。

 


 教育長は平成26年3月中に「学校いじめ防止基本方針」をつくって、「泉南市いじめ(防止)基本方針」は策定予定と答弁している。泉南市教育委員会会議録では、平成29年2月の教育委員会会議にて教育委員に当該基本方針(案)について説明しており、「泉南市いじめ防止基本方針」は平成29年3月に策定されたものと思われる。

 しかし、令和4年12月改訂版の「泉南市いじめ防止基本方針」には「平成26年3月には、いじめ防止対策推進法に基づき定められた国の方針を受け、泉南市いじめ防止基本方針(以下、:「市いじめ防止基本方針」という。)を策定し」と書かれている。そこで、「平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針」を情報公開請求したところ、平成26年3月議会では作成する予定と述べていて、当時は存在しないはずの「平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針」が情報公開された。以下、いじめ防止基本方針について整理する。



いじめ防止基本方針

 いじめ防止基本方針とは、いじめの防止等のための対策を、総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針で、国(「いじめの防止等のための基本的な方針」 以下、国のいじめ防止基本方針という)、地方公共団体、学校がそれぞれのいじめ防止基本方針を策定することが法第11条〜13条で規定されている。それぞれにいじめ防止基本方針を策定するのは、責務規定(法第5条〜第9条)が異なることと、教育行政は地方自治体が主体となり、教育の中立性を確保し、公正な民意により、地方の実績に即して実施されなければならないためだと思われる。



 児童生徒に日常的に接している学校が、いじめの防止等の対策を推進する上で一番重要な役割を果たす。法第8条では、「いじめの防止及び早期発見に取り組む」のも、「当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する」のも、学校及び学校の教職員の責務と定められている。そのため、学校いじめ防止基本方針は必ず策定しなければならないが、地方いじめ防止基本方針の策定は法第12条で努力義務規定となっている。

 泉南市では、26年3月議会答弁や平成29年2月の教育委員会会議録を見ると、平成26年に学校いじめ防止基本方針を策定し、努力義務規定の泉南市いじめ防止基本方針は、平成26年3月当時は策定されていなかったはずであるが、前述したように情報公開請求により、平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針が公開された。


法に反している平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針


 公開された平成26年3月策定の泉南市いじめ防止基本方針の内容は、法が規定している「基本理念」「地方公共団体の責務」「学校及び学校の教職員の責務」「いじめの防止等のための対策の基本となる事項」とは異なる内容となっている。

 冒頭で述べたように、いじめの防止等のための対策を推進することで、児童生徒の尊厳を保持しようという法律が、いじめ防止対策推進法であり、この法律は、以下の4点を定めることにより、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的としている。

  • いじめの防止等のための対策に関し、基本理念を定める。
  • いじめの防止等のための対策に関し、国及び地方公共団体等の責務を明らかにする
  • いじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定める
  • いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定める

法で規定されている「基本理念」も、「責務」も、「基本的な方針」も、「基本となる事項」も、すべて「いじめの防止等のための対策」に関することである。

 しかし、泉南市教育委員会と大阪府教育庁(大阪府いじめ防止基本方針は泉南市のものと内容がほぼ同じ)は「いじめの防止等のための対策」に関する「基本理念」ではなく、「いじめ防止等のため」の「基本理念」とすることで、法の規定とは異なる基本理念を地方いじめ防止基本方針で定めている。「責務」も、「基本的な方針」も、「基本となる事項」も同様で、法が規定する「いじめの防止等のための対策」に関するものではない。

 以下に、平成26年版泉南市いじめ防止基本方針の8ページと9ページを示す。泉南市いじめ防止基本方針(大阪府いじめ防止基本方針も同様)には、「いじめの防止等」と「いじめ防止等」が混在している。



 泉南市いじめ防止基本方針の9ページでは、学校に「いじめ防止等の対策のための組織」と「いじめの防止等の対策のための組織」の二つの組織が存在することになっている。


 地方いじめ防止基本方針は、法第12条で、以下のとおり規定されている。

第十二条 地方公共団体は、いじめ防止基本方針(注:法第11条で規定された国のいじめ防止基本方針)を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体におけるいじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針(以下「地方いじめ防止基本方針」という。)を定めるよう努めるものとする。

 泉南市いじめ防止基本方針において、「いじめの防止等」「いじめの防止」と記載されている内容は、いじめ防止対策推進法で規定されたものだと思われるが、「いじめ防止等」「いじめ防止」「いじめの未然防止」と記載されている内容は、法第12条の「その地域の実情に応じ」た対策と考えることもできる。

 また、平成26年3月に策定されたとされる泉南市いじめ防止基本方針及び同基本方針の平成29年改訂版、平成31年改訂版の「はじめに」には以下の記述がある。

 泉南市では、これまでも、いじめは「重大な人権侵害事象であり、根絶すべき課題
(原文ママ)として未然防止に努めなければならない」「いじめられた児童生徒の立場になって(原文ママ)取組み(原文ママ 令和4年改訂版では「取り組み」)、速やかに解決する必要がある」という考えのもと、様々ないじめ防止対策等に取り組んできました。

そして、最新版の令和4年12月改訂の同基本方針にもほぼ同じ内容の記載がある。(青字は、令和4年12月改訂版で新たに付け加わった箇所。)

 泉南市では、これまでも、いじめは「重大な人権侵害事象であり、根絶すべき課題(原文ママ)として未然防止に努めなければならない」「いじめられた児童生徒の立場になって(原文ママ)取り組み(原文ママ 改訂前までは「取組み」)、速やかに解決する必要がある」という考えのもと、「いじめ防止指針」をはじめ、大阪府教育庁が作成した様々な資料を活用しながら、いじめ防止対策等に取り組んできました。



 その大阪府教育庁(大阪府教育委員会)の「いじめ防止指針」の冒頭にも以下の記載がある。(青字は泉南市いじめ防止基本方針の「はじめに」の記述にはないもの。つまり、指針では記述があったものがいじめ防止基本方針では除かれた箇所。)


 いじめは、学校の内外を問わず、多数が少数に対して、一方的に、精神的・肉体的苦痛を伴う身体的・心理的な攻撃を継続的に加える重大な人権侵害事象」であり、根絶すべき課題(原文ママ)として未然防止に努めなければならない。また、不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み(原文ママ)、速やかに解決する必要がある。


 「泉南市いじめ防止基本方針」には法のいじめの定義が記載されていて、「いじめ防止指針」のいじめの定義は記載されていない。いじめ防止基本方針策定とともに変わったのはいじめの定義だけでなく、当該指針に「いじめられた児童生徒の立場に立って取組み」と記載されていたものが、いじめ防止基本方針では「いじめられた児童生徒の立場になって取組み」との記載に変わっている。教職員が児童生徒の立場になって取組み(指導などを行う)とは考えにくく、違和感がある。

 泉南市いじめ防止基本方針の「これまでも」がどこを起点としているのかはわからないが、同方針の平成29年、平成31年、令和4年の、いずれの改訂後も同様の記載があるので、泉南市では、いじめ防止基本方針策定後(平成26年以降)から現在に至るまで、以下の二つの考えのもと、様々ないじめ防止対策等に取り組んできたと考えられる。
注釈を赤字で加筆している。

  • いじめは「重大な人権侵害事象であり(法のいじめの定義とは別に人権侵害が付け足されている)、根絶すべき課題(原文ママ)として未然防止(根絶するために行わなければならない課題が未然防止)に努めなければならない」

  • いじめは(指針ではいじめ事象が生起した場合について述べていたものが、いじめ全体についての内容に変化している)(誰かが)いじめられた児童生徒の立場になって(原文ママ)取組み(原文ママ 令和4年改訂版では「取り組み」)、速やかに解決する必要がある」


令和4年改訂の泉南市いじめ防止基本方針には、さらに「『いじめ防止指針』をはじめ、大阪府教育庁が作成した(注:当該指針の表紙には大阪府教育委員会と記載)様々な資料を活用しながら、いじめ防止対策等に取り組んできました」との記載があるので、泉南市いじめ防止基本方針に記載された対策のうち、「その地域の実情に応じた」対策とは、大阪府の「いじめ防止指針」と大阪府教育庁の資料に基づくものであると考えられる。そこで、まず大阪府のウェブサイトに掲載されている平成18年3月策定の「いじめ防止指針」について所見を述べる。

「泉南市いじめ防止基本方針」の基となる大阪府の「いじめ防止指針 」

大阪府のいじめ防止指針の内容


 大阪府のいじめ防止指針の冒頭を引用する。

 いじめは、「学校の内外を問わず、多数が少数に対して、一方的に、精神的・肉体的苦痛を伴う身体的・心理的な攻撃を継続的に加える重大な人権侵害事象」であり、根絶すべき課題(原文ママ)として未然防止に努めなければならない。また、不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み(原文ママ)、速やかに解決する必要がある。

「いじめは、『(中略)重大な人権侵害事象』であり、根絶すべき課題として未然防止に努めなければならない。」「不幸にして事象が生起した場合は、いじめられた児童生徒の立場に立って取組み、速やかに解決する必要がある。」と述べている。この二つの記述を読むと、いじめが生起しないように未然防止を行い、未然防止の取組の甲斐なく不幸にしていじめ事象が生起した場合には、それを解決することで、いじめへの対策は事足りるような印象を受ける。しかし、当該指針はいじめを「人権侵害事象」であるとしながら、「いじめられた児童生徒」の侵害された権利を再び行使できるようにする(侵害される前の状態に戻す)ために「誰が」「何を」するのかが、全く述べられていない。何かに「取組む」、あるいは何らかの「取組み」を行う際には「いじめられた児童生徒の立場に立つ」と述べているだけで、いじめられた児童生徒がいかなる状態になることを「解決」としているのかが当該指針には明記されていない。

 さらに、当該指針には「解決」以外にも、「根絶」「解消」との状態に関する記述があるが、それぞれの違いもわからない。児童生徒の間にいじめが存在する現状(問題)を、なんらかの働きかけ(課題・取組)を児童生徒に対して行うことにより、いじめが存在しない状態(ゴール・目標とする到達点)にしなければならないが、その「いじめが存在しない状態」を当該指針は「根絶」「解消」「解決」と称する3つの状態を設定した構成となっている。
 以下に当該指針のp.1の画像を貼り付け、「根絶」「解消」「解決」と記された箇所を示す。




 大阪府いじめ防止指針は、いじめの問題に対するゴール・目標とする到達点を3つ設定していて、ややこしいので、まず国の考え方を整理してみる。国(法)におけるいじめの問題に対する「課題」(いじめが存在しないようにするための行動)は、いじめの発生と教職員のいじめの認知の状態によって、「いじめの防止」「いじめの早期発見」「いじめへの対処」に分けられている。以下、表にまとめる。



「課題」とは、教職員が、児童生徒の間にいじめが存在しない状態にするために行うこと(行動)である。いじめが発生していない状態においては「いじめの防止」の対策を行い、教職員の知らないところでいじめが発生していることも考慮し、「いじめの早期発見」の対策を行う。いじめの認知については、法第23条第2項で規定されている「いじめの事実の有無の確認のための措置(聞き取り等の調査)を法第22条が規定する組織において行い、いじめがあるのかないのかを確定「確認」する。いじめがある(発生している)ことが確認された場合は、「いじめへの対処」を行う。

 また、それぞれの課題(いじめの防止、早期発見、いじめへの対処)の具体的な対策(方法、手段)をいじめ防止基本方針に定めることが法で規定されている。(法第11条〜13条)いじめが発生している(いじめがあると確認されている)場合は、「いじめへの対処」(課題)のための対策を実施し、いじめが解消している状態にしなければならない。では、いじめが解消している状態とはどのような状態だろうか。
 文科省の「いじめの防止等のための基本的な方針」(最終改定 平成29年3月14日 以下国のいじめ防止基本方針という)では、いじめが「解消している」状態について、以下のとおり述べている。

 いじめは,単に謝罪をもって安易に解消とすることはできない。いじめが「解消している」状態とは,少なくとも次の2つの要件が満たされている必要がある。ただし,これらの要件が満たされている場合であっても,必要に応じ,他の事情も勘案して判断するものとする

① いじめに係る行為が止んでいること

② 被害児童生徒が心身の苦痛を感じていないこと
 

この2つの要件が満たされている状態とは、法第2条第1項で定義されている「いじめ」の該当要件が解消されている状態である。

 このように学校(教職員)が行ういじめへの対策とは、児童生徒が法第2条第1項で定義されたいじめの状態にならないようにすること(防止)や、児童生徒の状態が定義されたいじめの状態に該当すると判断した場合は、その状態を解消するなど、「いじめの定義」の内容が大きく関わっている。
 では大阪府の場合はどうだろうか。大阪府の当該指針の「いじめの定義」「目指す到達点」「課題」等を以下の表にまとめた。



法と大阪府のいじめ防止指針を比べると、大きく以下の3点が異なる。

1.人権侵害が起こらない学校や学級を目指して「課題」を設定している 

 法、あるいは文科省が、児童生徒の間にいじめが存在しない状態を目指しているのに対し、大阪府は、いじめ以外の差別や犯罪をも含む「人権侵害」が起こらない学校や学級(集団)を目指している。

 

2.いじめの定義に「被害」に関する該当要件がなく、法における「いじめへの対処」に該当するものがない
 

いじめの解消については、法に基づくならば、被害児童生徒が苦痛を感じている行為について、事実を確認(確定)した上でその行為を止めなければならないが、大阪府のいじめ防止指針では、いじめの定義が法とは異なり、被害児童生徒が苦痛を感じているのかよくわからない定義となっている。また、被害児童生徒に対する個々の行為がいじめに当たるか否かの判断(事実確認)や、確認された行為を止める(制止する)ことが定められていない。


 

3.法における「いじめへの対処」の代わりに、未然防止の取組みの中で、過去に生じた「事例」を元に、教職員の実際の対応方針が作成されている


 「未然防止」の「取組み」の中で、教職員がいじめ事象に対応した経験を「教訓化」すると述べているが、当該取組みは、いじめの防止に資するものでもなければ人権尊重の教育に資するものでもない。また、いじめの被害児童生徒が被っている人権侵害を解消するものでもない。


以上の法と大阪府のいじめ防止指針の違いは、先に述べた以下の答えとなっている。 

しかし、当該指針はいじめを「人権侵害事象」であるとしながら、「いじめられた児童生徒」の侵害された権利を再び行使できるようにする(侵害される前の状態に戻す)ために「誰が」「何を」するのかが、全く述べられていない。何かに「取組む」、あるいは何らかの「取組み」を行う際には「いじめられた児童生徒の立場に立つ」と述べているだけで、いじめられた児童生徒がいかなる状態になることを「解決」としているのかが当該指針には明記されていない。

 当該指針は「いじめの問題」に対して、児童生徒の間にいじめが存在しない状態を目指して課題を設定するのではなく、いじめが生じにくい学校や学級(人権尊重の精神や信頼関係に基づく集団)にすることを目指して「課題」を設定している。いじめが発生した状態(いじめの定義の該当要件を満たす状態)になった場合、その要件に当てはまらない状態(定義されたいじめが解消した状態)にするための「課題(行動)」については定めていない。

 そもそも、いじめの定義自体が法や文科省のこれまでの定義とは異なっており、攻撃によって苦痛を感じているなどの「被害」に該当する要件が存在しないため、いじめに係る行為によりいかなる被害があったのかを調べていじめの有無の事実の確認を行うことも、確認された行為を止めることも記されていない。

 つまり、「いじめられた児童生徒」の侵害された権利を再び行使できるようにする(侵害される前の状態に戻す)ために「誰が」「何を」するのかが、全く述べられていないのは、目指す状態(到達点)がいじめがない状態ではなく、学校や学級がいじめを防ぐ集団であることと、いじめの定義に攻撃によって苦痛を感じているなどの「被害」に該当する要件が入っていないためである。いじめを防ぐ集団づくりを行う際に「いじめられた児童生徒の立場に立つ」のであって、「解決」とは学校や学級がいじめを防ぐ集団になることである。

 当該指針の、「3. 事象の対応と教訓化」には、「被害者」「いじめられた児童生徒」「いじめに関わった児童生徒」との記載があり、一見するといじめの解消のために、いじめの当事者へ働きかけているように見えるが、先述した通り、いじめの定義の該当要件が示す状態を解消するためのものではない。ここに記載された「対応」とは、教訓化と称する「取組み」によって得られたものが記載されていると考えられる。詳細は後ほど述べる。

 また、「3. 事象の対応と教訓化」に記載された「被害者」と「いじめられた児童生徒」については、いじめの定義に「被害」についての要件が入っていないことから、「いじめられた児童生徒」と「被害者」は別の状態の者を指すと考えられる。これも詳細は後ほど述べる。

 どこまでわかりやすく説明できるか心許ないが、ここからは「いじめの定義」に関することを述べ、その後、2つの「教訓化」について述べる。


大阪府のいじめ防止指針のいじめの定義



 大阪府のいじめ防止指針におけるいじめの定義には、文科省のいじめの定義(昭和61年度以降)に必ず入っている要件「相手(注:被害児童生徒)が深刻な苦痛を感じているもの」が入っていない。また、「学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの」「個々の行為がいじめに当たるか否かの判断」などの「事実の確認」や「いじめに当たるか否かの判断」についての要件もない。(当該要件は法施行後、法第23条第2項で規定されている)そして、文科省の定義にはない要件「多数が少数に対して」が入っている。比較するために、文科省のウェブサイトから「いじめの定義の変遷」の画像を以下に貼り付ける。


 文科省の「いじめの定義の変遷」にあるように、いじめの定義には、被害児童生徒が「心身の苦痛を感じている」という要件(青色に着色箇所)と、「事実の確認」「いじめに当たるか否かの判断」(赤色着色箇所)が必ず入っている。

 児童生徒が他の児童生徒からの行為によって、心身の苦痛を感じている(被害が生じている)のであれば、その行為をそのままにはしておけない。しかし、当該行為を止めようとしても、教職員がその行為の存在自体を知らなければ止めようがない。そこで、聞き取りなどを行い被害児童生徒に対していかなる行為を苦痛に感じているのかを確かめ、加害児童生徒や周囲の児童生徒それぞれの話を聴いて、いじめに該当する行為が行われているのかどうかの「判断」を行い、事実を「確認(確定)」する必要がある。いじめの定義に教職員が「判断」や「確認」を行うことが入っているのはいじめに該当する行為を教職員が止めるためである。
 法は、「いじめ」の定義である第2条第1項に「判断」や「確認」についての要件は入れずに、法第23条第2項において「いじめの事実の有無の確認」のための措置について定めている。

 一方、大阪府のいじめ防止指針のいじめの定義には、被害についての要件も、いじめに当たるか否かの「判断」も事実の「確認(確定)」も、入っていない。以下は指針のいじめの定義の箇所。



「精神的・肉体的」は「苦痛」の修飾語
「身体的・心理的」は「攻撃」の修飾語

ややこしいので修飾語を除くと、
学校の内外を問わず、多数が少数に対して、一方的に、苦痛を伴う攻撃を継続的に加える重大な人権侵害事象である

つまり、「苦痛を伴う攻撃を加える」ことがいじめとなり、多数である攻撃を加えた側が苦痛を感じていると読み取れる。(いじめの定義としては、あり得ないことなので、私の読解力に問題があるのではないかと何度も考えたが、この表記だと誰が苦痛を感じているのかわからない)
 この定義では、多数が加える「攻撃」についての説明のみで、攻撃を加えられた側の「被害」についての説明は存在しない。当該指針のいじめの定義の要件には「被害者の苦痛」は入っていないが、当該指針は「被害者の苦痛」について述べている箇所がある。以下、当該ページを画像で示す。


 障害のある児童生徒に対するいじめ事象は、いじめられている児童生徒を被害者と呼称し、被害者が苦痛を感じていることがわかる表記となっている。大阪府のいじめ防止指針は、いじめを受けている児童生徒を障害の有無で二つに分け、障害のある児童生徒は苦痛を感じているとしている。
 当該指針がいじめを受けている児童生徒を障害の有無で二つに分けているのは、当該指針p.4の「3.事象の対応と教訓化」の②と③にも表れている。以下、当該箇所の記載ページを画像で示す。


 被害者(障害があるいじめられた児童生徒)のケアは組織として機動的対応を行い、それとは別に、いじめられた児童生徒(障害がないいじめられた児童生徒)のケアは、苦痛を感じている(被害が生じている)訳ではないので、「意向」の確認ではなく「願いや思い」に寄り添って受け止めるとしている。「『問題解決』のための具体的方針を打ち出すこと」とあるが、いじめの要件に「被害」がないので、この「問題解決」は、児童生徒同士のトラブル解決、あるいは喧嘩を解決という意味なのかもしれない。
 
 いじめの定義に関する事柄や、教訓化に関する事柄が入り組んでいて説明が難しく、話があっちへ行ったりこっちへ行ったりしてしまって申し訳ないが、当該指針のp.6の図(以下に示す)で説明すると、先に示した当該指針p.4の「3.事象の対応と教訓化」の②と③の「被害者のケア」と「いじめられた児童生徒のケア」は、教職員が行ったいじめへの対応を教訓化して得られた教訓である。(教訓化については後述する)

 本来、いじめの定義には文科省の定義のように、「行為を受けた児童生徒が当該行為により苦痛を感じていること」との被害に関する要件を入れて、要件すべてを満たす状態(いじめの状態)になったと教職員が判断した場合は、いじめを解消するために当該行為を止めて、児童生徒が苦痛を感じていない状態にしなければならない。これは児童生徒の障害の有無に関わらず、いかなる児童生徒がいじめられていても、行われなければならないいじめへの対処の基本となるはずである。障害がある児童生徒に対して、配慮が必要というのなら基本となる対処にそれを付け加えればよい。
 しかし、大阪府のいじめ防止指針はいじめの定義に被害に関する要件が入っていない。いじめの定義は、攻撃を加えた児童生徒側から見て、いかなる攻撃なのかを定義したものに過ぎない。いじめの定義に被害に関する要件が入っていないので、被害児童生徒の意向を確認することも、被った損害や危害をについて、それを回復するための措置も行われない。その上で(それを基本として)、過去の事象(事例)を教訓化することで得られた教訓において、障害のある児童生徒に対するいじめ事象が生起した場合は被害が生じているとして、被害者のケアは「組織としての機動的対応」が必要だと述べている。

 つまり、当該指針p.4の「3.事象の対応と教訓化」の②〜④で述べているのは、以下のとおりである。以下、当該箇所の記載ページを画像で示す。



 以上のように、大阪府のいじめ防止指針は、いじめられた児童生徒の「被害」に関する要件を「いじめの定義」に入れずに、教訓化により、障害のある児童生徒に対するいじめにおいては「被害」が生じるものとして対応するとしていた。

 当該指針の定義のもう一つの特徴は、該当要件には当てはまらない「人権侵害事象」の文言が入っていることである。

 「人権侵害」とはいじめに限らず様々な差別や犯罪に該当する行為も含む。いかなる行為を「いじめ」とするのかを示す該当要件ではなく、いじめを含めた「個人の尊厳や基本的人権が不当に傷つけられる行為全般」を指す。「事象」とは表面に現れた事柄、現実の出来事、現象を指す。いじめの定義に差別や暴力、虐待、犯罪などを含む、範囲が非常に大きい「人権侵害」との概念を入れ、いじめを児童生徒間の「行為」として定義するのではなく「事象」と定義しているのは、いじめに該当するものを広げて、解消しなければならない「問題」をすり替えているようにも見える。端的に述べれば、児童生徒の間でのいじめの行為を問題としているのではなく、いじめる側の児童生徒が抱える「課題」を「問題」としているのではないかと思われる。

 当該指針における、苦痛を伴う攻撃を加える「いじめる側の児童生徒」に関する記述を以下に示す。

以下は当該指針p.1 着色は古谷による。



 この「深刻な課題」の「課題」は、「深刻な」と形容されているので、「取り組まなければならない事柄」という意味であろう。深刻な、取り組んで乗り越えなければならない課題がいじめる側の児童生徒の家庭状況や学校生活に存在する場合が多いと述べている。


以下は当該指針p.2の3 着色は古谷による。


 「児童生徒がいじめ行為に及んだ原因」ではなく、「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因」と表記されている。いじめの定義において、いじめを「行為」と定めず「事象」と定めていたように、行為の原因と述べるのではなく、いじめ行為に及んだ児童生徒を取り巻く事象の原因ということであろうか。「原因」をいじめ行為に及んだ児童生徒の背景とひとまとめにして表記している。
 そして、「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因・背景を把握し指導に当たる」のは、いじめの解消のためではなく、「再発防止に大切なこと」と述べている。当該指針はいじめの防止(未然防止・再発防止)のための指針であり、法の「いじめへの対処」に該当する「取組み」のためではないということであろう。

当該指針が目指す到達点と課題の表を再掲する。



当該指針には、法における「いじめへの対処」に該当する「課題」は設定されていない。いじめの定義が児童生徒間の加害行為(被害をもたらす行為)を要件としておらず、加害を止めることと、被害からの回復のための支援が「課題」とされていない。そのため、「いじめ行為に及んだ児童生徒の原因・背景を把握し指導に当たる」のは、いじめの解消のためではなく、「再発防止に大切なこと」と述べている。しかし、大阪府の「いじめSOS チームワークによる速やかな対応をめざして いじめ対応プログラムⅠ(平成19年6月)」(以下、いじめ対応プログラムⅠという)の、再発防止について書かれた箇所p.38には、原因を把握し指導に当たることが再発防止に関わってくる(大切である)とは書かれていない。当該プログラムにおいて「原因」との語が出てくるのはいじめの解決のための「的確な見立てと迅速な対応」p.26と「学級集団づくり」p.36である。